ヒトコマラクダの雑記帳🐪

日々読みふける4コマまんがからヒトコマ引用して記事にします。最近は不定期更新。

「仕事とプライベートの切り分け」って得意じゃないんですよね。

「13歳のCEOと働かないおねえさん」by 雨水汐 まんがホーム 2026年11月号p116 芳文社

 

報酬に応じた…というか報酬に見合った働き方が、もしかしたら苦手なのかもしれません。

これまでにもいろいろ書いてきましたが、本質的に「より良い成果物を出すためには骨惜しみをしない」のが「正しいこと・良いこと」だというメンタリティがあるのでしょうねワタシの場合。

もちろん「良い成果物しか出してない」などと言うつもりはないです。評価が低いものしか作れなかったことも多いですから。

昔映像制作の仕事をしてたときには、よく職場に泊まり込んで編集作業やデスクワークをしてました。そういうのをやらずに済ませるのが「良い仕事人」なんでしょうけど、もともとの技量不足もさることながら「(時間さえかければ)もう一歩良い作品に近づけられる」というところで「割り切って終わらせる」のがイヤなんですよね。うん、自己満足なんだよねそれはね。わかるよアタマではね。

その一方で「迷走し始めてゴールが見えない」って状況になると、自分でも不思議なくらい「…まぁいっか、これで」と手綱を離せたりして(笑)。

ともあれ、ワタシのようなタイプにとって「自室と仕事部屋が同じ」っていうのは、なんというか…「諸刃の剣」になるんですよ。

「あともう一歩…っっ!」ってときにはスキなだけ磨き込めるけど「過集中」になってしまう。逆に「迷走ドツボ」ってなると、テキトー以下の「赤点成果物」を作りかねない。それが「職住一体」のデメリットだと思います。

だけど、それでも「職住一体」には強く惹かれるものがあります。というか「職住一体」を生かせる仕事がしたいのかなホントは。「クリエイティブなアウトプットで食っていく」ことに、いまも心のどこかで憧れているのかしらん。

贅沢なコトを言うようですが…オノレの人生において大きな割合を占める「仕事」は、いわゆる「JOB」ではなく「WORK」でありたい。ありたいです。まあこの年齢になってからではいろいろムズカシいのは分かってますがね。

でも逆に考えてみると、若いころにこういうことで悩んじゃうと「自分探し」だとか「自分を生かせる仕事」を求めて「人生そのものが迷路」になりかねないから、こうして年齢をとるまで「ワークライフバランスそっちのけ」だったのは良かったのかも(苦笑)。

 

 

さておき…略称に困るタイトルだな(笑)の「CEおね」。作者さんの作品からは一度ヒトコマお借りしてますね。

タイム系として安定感のある作風はスキです。お仕事モノ4コマってそれこそ沢山ありますが、本作のような「仕事漬け中学生とニート大人女子」って珍しいかも。そういや「元アイドルのハロー!ワーク」も、切り口としてはなかなか面白かった。

まだ2話目とあって伏せすぎな伏線が目立ちますが、これからいろいろ(特にみやこさん)出てくるんでしょうね。おそらく方向性は「りんちゃんに学校の楽しさを」ということと思われますが…とりあえず次号はどういう展開なのかな?楽しみです。

新居を「愛の巣」、授かった子を「愛の結晶」と呼んだ時代があったんですよ…幸せな時代だったんですよ。

「おもかげ団地の化け妻さん」by 庄司七 まんがタイムオリジナル 2026年11月号p50 芳文社

 

1960年代…と言うより昭和30年代から40年代にかけて…と言う方がしっくりくるんですが、都市部の郊外に新興住宅地ができて、鉄筋コンクリートの団地が立ち並んだころ、そこで生まれ育ったのがワタシの世代になります。

いまでは「UR賃貸住宅」などという、知らないとおしゃれっぽく感じてしまう名前を付けられて、でも実際は所得が低い若者家庭や高齢者、ところによっては移民のヒトも入居してたりして…治安が良くないというウワサも聞くように。

子どもの頃は「鉄筋コンクリートで気密性が高くて冷暖房効率が良くて電気ガス水道電話線等々もフル装備でトイレは水洗の洋式でフロもガス釜ワンタッチ点火で…」という「夢の最新最先端住宅」だったんですけどね。

「団地が核家族化をすすめ、引いては日本の家庭の崩壊につながった」みたいなハナシもあって、事実そういうふうに感じる面も無くはない。プラスがあればマイナスも生まれるのは必然で仕方がない。

だけど、新婚さん夫婦が「愛の巣」と呼んだその住まいには、少なくとも「幸せな日常」があったはずなんですよね。

右肩上がりの経済のおかげで「大変だけど、働いたらそれだけ稼げた」時代。画一的かもだけど「結婚して家庭をもって子供を産み育てることが幸せ」な時代。いまでは…いまの青少年には「なにそれw」って言われそうだけど、でもやっぱりあれは間違いなく「自分たちの幸せのカタチ」だったと思うのです。

過去を美化することは必ずしも正しいことではないかもしれませんが、それでも「愛の巣」や「愛の結晶」という言葉とともに、あの時代の「幸せの感触」は否定せずにもち続けていたい…死ぬまでもっていたいのです。

 

 

…おい無職なに主張してんだよヒマなのかよワラ…ってなりそうですので(苦笑)このヘンにして「化け妻さん」。作者さんのことは「スペースカーガールズ」という(4コマではないですが)車中泊ネタの作品で知って、コミックスも(電書ですが)揃えたくらいにはスキです。

「スペガ」は「車中泊&山形東北」推しの作品だったのですが、本作はガラっと雰囲気が変わって「地縛霊の団地妻さん」と「昭和レトロ好き男」のオハナシ。

前号の連載しょっぱなから「Uマチック」なんて単語が飛び出したりしてウオぉっとなったんですが(笑)…これ、どういう展開になるんでしょうね。ちょっと想像できないな。ゆう子(仮名)さんとのラブコメ…になるの?いやそれもどうかと。

昭和39年に入居した…ということは、もう60年以上経つのか。ハタチだとしてもご存命なら80歳。夫さんも同じくらい?それ以上?楓くんはヘタするとひ孫世代?

なんともまだツカミどころがないんですが、往々にしてこういう作品は途中から大化けして「感動の名作」になったりするんですよね(…化け妻だけに)。ともあれ、この先に期待です。

精神的なストレスが強くかかり続けたりすると「床が傾いてる」ような感じ…しません?

「ゆゆ式」by 三上小又 まんがタイムきらら 2026年11月号p16 芳文社

 

ワタシはするんですよね。体調も芳しくなくて、そこへ強めの精神的圧迫をかけられたりする日が続くと、座っていても寝ていても「なんか床がカタムイてて…」って感じ。

何人かに話したことがあるんですが、皆一様に「そんなことナイなぁ」って。うん、確かにあまり聞かないかもしれません。

メニエール病とかの「目が回る」「寝てると天井が回る」っていうのではなくて、水平なはずの床が…そうだなぁ、5度くらいの「転がるほどではないけど明らかに傾きを感じる」傾斜が、自分の足元や寝ている寝床に生じるんですよね。

「精神的なストレス」とか書いちゃいましたけど、正直なところストレスが原因とも言い切れない。かなりヘヴィな状況下でも、発生しないときは全然しませんから。

ただ、この「傾斜空間」が発生したときは「無理は禁物」だと思っています。昨年まではほぼずっと「微妙な傾き」を感じてて、それが長年勤めた仕事を辞めるきっかけの一つではありましたもの。…あ、理由としてはそれこそ5%くらいですが。

そんなこんなで、実はただいま「絶賛無職中」になってたりします。うん、またハローワークへ行かなきゃ。今月はいろいろあってもう無理かな。来月か…12月かなぁ。あーそしてまた年齢を取るのかー、うおー、さおー(苦笑)。

 

 

…すいませんグチってしまいましたが、それは置いといて「ゆゆ式」。きのこシチュー大会の巻です。

いきなり脱線するんですが、前にも書いたように「松茸の美味さ」が分からない民ですワタシ。きのこシチューには間違っても松茸は入れない(よね?)ので、気軽にきのこの風味を楽しめるメニューとしてスキではあります。いえ松茸入りシチューがあっても別に悪くはないですよ。でもそれでバカ高価い値段だったらヤだなってだけのハナシで。

ともあれ、しめじ、エリンギ、まいたけ、マッシュルームにヒラタケ…いいねー、イイ感じ。そういやシチューにはシイタケって入れないよね。なんでかな?

今回、1ページ8コマが「ほとんどセリフ」という、一歩間違うとナンダコレな演出がされてるんですが、さすが作者さんの力量というか「この3人のやりとりがメインディッシュ」な作品ということを改めて感じた次第。アニメではなかなかムズカシい演出ですが、こういうトコロが「4コマまんがならでは」だと思います。スゴイね。

さておき、タイトルコマのふみお&おかちーもイイ感じ。本編には出てきてないのに、ストーリーが想像できちゃう。スゴイね。

出来るまで頑張るのって、令和の価値観にそぐわないのかな。

「かっさい!」by 空くれない まんがタイムきらら 2026年11月号p137 芳文社

 

いまの世の中は「合理的で効率的で成果が出やすい方法」ばかりを求めるようになってますねぇ…。お借りしたコマにあるように「出来るまで頑張る!」ことは「昭和な手法」という認識なんでしょうか。いやまあ確かに合理的ではないかもですが。

昭和生まれの人間としては「がむしゃら」が美徳だった時代に育ってますので、どうしても「頑張りすぎ」になりがち。働き方云々で、いまさら「ワークライフバランス」みたいなことを言われても…頭で理解しても気持ちがついてこないと言いましょうか。

それでも、自分たちが若いころとは「時代が違う」のも確かで、がむしゃらにやっても「豊かさにも幸せにもつながりにくい」世の中になっている。この30年近くの間、疲弊した社会で育ってしまった…そんな環境での生き方を身をもって学んでしまった世代の「考え方」を、やはり理解して受け入れなければならないのでしょうね。

…いかんいかん、もう少しポジティブに書こうと思ったのにえらくネガティブになってしまった(苦笑)。

「イマドキにはイマドキの大変さ」があって、いまの世代はそれと格闘するだけでも擦り減らされているのに、その上「昭和の大変さ≒やみくもな頑張り」まで背負わせてはヤリすぎというもの。非合理を押し付けないように気を付けるべきですよね。それが出来ないと、自分たちも苦労させられた「老害」に自分たちがなってしまいますから。

…それでも、どうにかして「がむしゃらの美点」を伝えられないものかという気持ちは、なかなか抑えきれません。ええ、自分の子供たちへのハナシです。

 

 

堂々めぐりになるのでこのへんで「かっさい!」。演ずることの手法を変えて活路を見出そうとするヒメたちですが、なかなか思うようにはいきません。その「迷走する様子」が上手く描かれています。

この作品自体は「ヒメと仲間たちの成長」を描くものでしょうから、何らかの解決の糸口を見つけるとは思いますが、現実だと「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということになるはず。そう、雪先生の「両立しないと意味ない」というのは分かるけど…この先どうオハナシを転がしていくのか、ちょっとヨメない(それがまた面白くもありますが)。想像力…が糸口になるのかな?

「やっておけばよかった」はあまり無いけど「やっておいてよかった」は沢山ありますね。

「良倉先生の承認欲求」by G3井田 まんがタイム 2026年11月号p154 芳文社

 

やりたい放題というほどではありませんが、フツーより長い学生生活を送ってきただけに、いろいろとやって(やらかして)きました。

やりたくてやったこともいっぱいあるけど、その時点ではそれほどやりたくない…いや全然やりたくないこともやったワケですよ。

でも…いま思えば、やっぱり「経験に勝るものはない」と感じますね。特によろしくない方面で「社会に出て(社会人になって)からではなかなかできないこと」…ある意味「バカ」をやったことが、あとあと人生を踏み外さないための「戒め」のように自分の中に残っている気がしています。もちろんそのときは「ただ楽しく面白おかしく」やってただけなんですけども。

前にも書いたかもですが、2度目に通ってたのが「旧制」のバンカラ校風を引いていた大学で、おまけに学生寮に入っていたので、とても「おだやかで当たり障りのない学生生活」とは言えない日々を送っていました。

いわゆる学生運動はとっくに終わってましたが、大学や寮の自治があたりまえに行われていて、ワタシもよく学生部とかに行ってあれこれ要求活動みたいなこともやりましたね。いや別に左翼活動家とかじゃないですよ。どっちかというと右寄り…いやノンポリかもな(死語)。

そういうこともあってか、学祭や寮祭もかなり盛大にやってまして、メイド服こそ着ませんでしたが女装はしました。いやケッコウみんな大真面目にやってたからねホント。チアガールや修道女、誰から借りたか和服着てたヤツもいたし。…うん、ワタシはあれが最初で最後です(笑)。

何というか「ふざけたコトを大真面目にやる」というのが良かったのかもしれません。だから楽しい思い出になってるんでしょうきっと。…そうだね、社会人になってからは無かったよねそういうのって。

 

 

そんなことを思い出させた今回の「良倉先生」。メイドバカ一代の明戸先生と古岩くんのオハナシです。文化祭でメイド喫茶やるよ→「暴走機関車明戸先生爆誕」(笑)。

なんだかんだで結局はメイド服を着て接客した古岩くん。気のある星畑先輩に見られてサイアクな気分だったけど「かっこいい」と言われて…乱されるオトコゴコロってヤツですね。

しかし…純粋なメイド愛ゆえ、悪気なくやらかす明戸先生ですが、この無邪気なウザさはなかなかにイイキャラではありますな。

創作に哲学があるとしたら、それは「独創性(オリジナリティ)」ではないでしょうか。

「ガールズ・スキャット・オーケストラ!」by ゐぬゐ まんがタイムきららキャラット 2026年11月号p61 芳文社

 

どれだけ人を感動させられたとしても、またどれだけ多くの金や名声を得たとしても、その創作物に「創作者のオリジナリティ」が感じられないなら、それは「良く出来た模倣」ではなかろうかと…あくまでワタシ個人の考えですが、そう思わずにはおれないのです。

もちろん「天の下に新しいもの無し」というのも真実。どんな創作物も「過去の創作物あってのもの」ですからね。本当に「まるっきり新しい創作物」は、もはや創作物とすら認識できないはず。

それでも、多くの「オリジナリティ≒独創性」に長けた作品が生み出されてきたのも事実で、そういう作品の傾向として「創作を積み重ねてきたら、あるとき突然その延長線上ではなく、まるで次元が変わったような作品が生まれた」という…ワタシはそういう気がします。

ここでAIのハナシをするのもちょっとアレなんですが、とても興味深いツイート(ポスト)を見つけたので紹介したいと思います。4コマまんが界隈ではよく知られた(とワタシは思っている)いでえいじさんの言葉。文を引用するよりリンクからアクセスしてほしいので…こちらです。

これ、端的に「AIの限界」と「人間の可能性」を言い表してると思いませんか?ベートーヴェンの交響曲第9番は「1~8番の交響曲を学習したAIに生み出せるか」と。

…実際にやってみないと分からない?確かにそうですが、これって誰が考えても「否」ではないでしょうか。だって第9は1から8番の延長線上にはありませんもの。少なくともワタシはそう思いますし、多くの人もきっとそう思うはずです。

ワタシはこれを読んだときに「本当に命懸けで、人生を懸けて生み出された独創性のある作品」は、AIごときに追いつかれるものでは無い!と確信した次第。…あ、ちょっと大げさですかね。

逆にこのお借りしたヒトコマにあるような「他の奴ら云々」とか「埋もれるか埋もれないか」なんてのが軸になっている創作は、AIに追い越されても仕方ないのかもしれません。

もうひとつ、このテーマに関してワタシが思い出す作品…というか歌があります。アニメ「けいおん!!」のエンディング曲だった「Listen!!」なんですが、その歌詞にある「どんなに小さくても 世界でひとつの歌」というワード。

存在がちっぽけで、込めた想いも広く届けられなくて、ましてやカネや俗世の名声にもつながらない…それでも「自分自身が生み出した創作物」である限り、それは小さくても「独創」であって「世界にひとつだけ」で、つまりその価値の大きさは測れるものではない。そう思います。

そういえばちょっと脱線なんですが、音楽で「編曲」って軽視されてる気がしませんか?作曲者には印税がJASRAC経由で入るのに、編曲者って印税という制度がないらしいですよ。確かに主旋律をつくった作曲者が一番エライのは分かるんですが、それを「音楽作品」としてある意味実体化されているのが編曲じゃないですか。なのに「編曲作業」の代価としての金が払われるだけで、その後は収入につながらないとか。いや何かおかしくない?だって「リズムやハーモニーも含めて構築された音楽」を我々は聴いているわけで、それの出来如何で売れたり埋もれたりするんですから。

…いかんいかん、ハナシを戻そう。いまの時代は「独創性のある創作物」より「良く出来た偽造品」の方が「カネや名声」を生みやすい。言い換えると「偽造品で騙してカネや名声を得る」ことがフツーのやりかたになっている。そんな気がしています。

だからこそ、受け止める側(≒消費者)は「偽造品に騙されない」ようにしたいものです。見る目を養うのが大事です。

 

 

…今回の記事って、3日以上かかってこねくり回したせいか、自分でも全然まとまってないなぁと思います…が、それはおいといて「ガルスキャ!」。フェス出場へ向けたオハナシです。

昔のバンドメンバーの乱入やらでわちゃわちゃしてますが、なにげに単行本巻頭で「猫缶食べちゃった星兄」が出てたりして。それも女装写真で(笑)。

あと芳乃さんのセリフ中に「満月おじ(BA-90というらしい)」があったりするよ。なんか作者さんの年齢が気になるぞ(笑)。

…いやいや、それより気になるのがタイトルコマの「星さんの矢絣(やがすり)衣装」なんですよね。これ、服のうねりやシワに合わせて細かい加工がしてあって、結構手間がかかっているように見えるんですが…どうなんでしょ。もしかしたらこの手のデジタル処理ってヤツが簡単にできる時代なのかもですけど、ただベタっとトーンを貼ってるんじゃないところとか、そういうのに目が行ってしまうんですよねワタシは。うん、こういうところにコダわるのがスキなんですよ。

さておき、もちもちほっぺ君の作詞でフェスへと動き出したGSO。でもなにやら他のキャラの声も聞こえてきたりと、まだひと悶着ありそうですな。

中高生のときは、クラス(学校?)の男子で唯一「黒じゃない学生カバン」を使ってましたね。

「彼女たちのツモる話」by 安堂ミキオ まんがホーム 2026年11月号p72 芳文社

 

…ってわざわざ個人を特定されそうなことを書いてどうすんだって(笑)。

まあ学生カバンを使っていた世代なんて、もうオジィちゃんオバァちゃんになってるし、覚えてる人もいなかろうと(笑2)。

当時、男子はほぼ例外なく黒の学生カバン。女子は赤茶色が多かったけど、黒や紺もそこそこいたような覚えがあります。

その中でワタシだけが「ほとんど黒に見えて、よくよく見ると緑」というのを使ってました。そのこと自体でイジられた覚えはあまり無いんですが、気付いたときはちょっとイヤでしたね。なんで自分だけなんだろうって。

ええ、自分で選んだはずなんですよ。駅ビルにあったデパートのようなスーパーのような店でね。でもなんでこの色にしたのかは、正直よく覚えてません&思い出せません…うん、もうオジィちゃんだからさ(笑3)。

緑色はスキでしたよ。でもだからといって学生カバンまでそれにした理由が…スキな色だったからだけとも思えない。ウケ狙いではなかったと思うし…いやホント何でだったんだろう。個性を出したかった…のか?

てか、自分が普通に買ったぐらいだから、他にも買ったヒトいそうなのにねぇ>濃緑。ホントいなかったんですよ…何でだったんだろう。

とはいえ「中学3年間+高校1年弱」のあいだ使ってたワケで、それなりに自分のカラーとして馴染んではいましたし、悪い選択ではなかったと思います。

濃緑という色にはその後も結構惹かれることが多くて、長年使ってきたダウンジャケットやスタジャンなんかも濃緑でしたね。

買えもしないのに中古車サイトを見て回るときなんかも、絞り込み条件に「ボディカラー:緑」を入れたりします。メルセデスのエメラルドブラックとかカッコイイよね。あと往年のいすゞピアッツアの「ハンドリング・バイ・ロータス」にもイイ感じの濃緑カラーがありました(後輩が乗ってた)。

ともあれ、やっぱり「無難な○○」より「これが良い!」と選んだ方が、自分の人生をプラスに彩ってくれそうです。…オジィちゃんはそう思うのじゃよ(笑)。

 

 

やたらオジィちゃんキャラを出してしまいましたが、こちらはスーパーオバァちゃんの雀荘と4人のイツメンのオハナシ「かのツモ」。最終回です。

スゴイねー。こんなこと言っちゃなんですが、最終回として「これまでの連載中のあれこれ」を上手にまとめて、それでいて自然に「おしまい」のオハナシにしてる。もしかしたら過去に読んだ最終回のベスト3に入るかも。

メインキャラ以外もちゃんとすくい上げていて、シンママ仲間の山下さんや、しれっと前号の買収イカサマヤローもいたり。あと紅愛さんとくーたろくんも順調に進んでいるのは何より。養ってもらえてるのかな?

ともあれ、連載初回からヒトコマお借りしたこの作品。スキな作品でしたが最終回。今回のオハナシのように、またふらっと掲載してもらえたらイイな。でも新作も読みたいなぁ。

そうそう、この作者さんの「ほたるロードマップ」という作品がスゴくイイんですよ。ハンターカブというバイクをとおして、離婚してはじめて「自由を知る」女性が描かれているんですが、バイクと人間ドラマの絡め方が絶妙です。ワタシにしては珍しく電書で買ったんですが、おすすめです。