ヒトコマラクダの日記

日々読みふける4コマ誌から1コマ引用して日記にします。旧「田中実(偽)の日記」。

「いつ死んでも悔やまない生き方」は、若くて独身の間だけしか出来ません!若くて独身のウチにやっておきなさい!(老爺心からの忠告)

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ステラのまほう」by くろば・U まんがタイムきららMAX 2018年8月号 p26 芳文社

 

本当に「いつ死んでも悔やまない生き方」を実践しているのなら、年甲斐もないことをやっていても、結婚しなくても(できなくても)、私は個人的にその人を尊敬できると思います。実際そういうのに近い人も知っていますが、心底「すごいなー尊敬するなー」と感じますもんね。

若さを失うのは「夢を捨てた瞬間」だとか。だから「夢を追い求めて、それ以外を捨てられる」ことが「いつ死んでも悔やまない人生」なんじゃないでしょうか。

逆にいうと、私もそうなんですが「ニョーボコドモのために現実に生きる」ことも、決して悪い人生じゃないです。いまはまだ絶対に死ぬわけにはいかない」と思いながら、現実と格闘しながら生きることで、もしかすると「いつ死んでも悔やまない生き方」をしている人間よりも「いざ死ぬ瞬間になって後悔しない」かもしれません。いや、そうだと思います。

だから「いつ死んでも悔やまない生き方」ができるウチに、そういう生き方をしておけば、それがずっと続いても、あるいは続かなくても、後悔しない人生になると信じています。

 

ずいぶん前のブログでも、この作品の「夢」のモチーフを取り上げましたが、やっぱり人生ってヤツに純粋な意味での「哲学」を見出せないと、生きる価値を見失いがちですよね。本作にはあちこちにそういう「アフォリズム的」なモノがちりばめられていてスキです。

そういえば「かおす先生のアトリエ探訪」のくろば・U氏の回でとても興味深かったのが、ポーズ研究用の「自撮りカメラ」が作業デスクにセットアップされていた話です。人間(人体)を脳内イメージでなくリアルイメージを撮り起こしている点に、作家としての観察力(≠観察する力)、つまり観察する環境をつくり出す能力の高さを感じましたね。今回取り上げたコマでは左手で隠れていますが、襟元の服のシワとか、脳内イメージだけじゃ描けない表現がケッコウあると思いますよ。見てみてください。